2009年12月31日

何ヶ月ぶりだろう……

タイトルの通りです。

前回の更新が9月。
3ヶ月以上ご無沙汰をしてしまいました。
皆さんお元気でしょうか?

数人の方からはメールを頂いたり、ウェブカウンセリングでお話をさせていただいていたのですが、こんなに長期間更新していなかったんですね。

ここ数ヶ月は本当に忙しく、皆様からのメールやお問い合わせの管理だけで一杯でした。
ブログをチェックしてくれている方には本当に申し訳なく思います。

これからも不定期ではありますが、このブログはライフワークとして維持したいと思っていますので、たまにでいいので見てやってくれると嬉しいです。


さて、今日は12月31日。
大晦日ですね。
皆さんは今年一年はどの様に過ごされたのでしょうか?

私にとっては激動の一年でした。
マハリを辞め、新しい世界に足を踏み込み、毎日が目まぐるしく過ぎていきました。
今年の初めに、私はブログでこんな事を言いました。

「垂水の08年は『改変』の年だった。09年は『発展』の年にしたい」

その豊富通り、09年は「発展」の為の機会に溢れた一年でした。
その機会の全てを有効に使えたかといわれれば、きっとまだまだ取りこぼしはあるでしょう。
しかし、一年を振り返ると、少しは発展できた。去年よりは高みに登れたと自負しています。

現在の仕事である、カウンセラーの資格取得学校の講師兼カウンセラーという職に就き、
今までとは違った視点で心理に接する機会が増えました。
今までとは違った環境で自分を見つめ直す機会が増えました。
今までとは違った苦労を沢山感じました。
今までとは違った喜びをもっと沢山感じました。

これからもまだまだ新しいものを得ることができそうです。

今年もあと一日。
この一年を振り返り、改めて得たものや感じたものを実感して過ごしたいと思います。




posted by マハリカウンセラー at 00:45| Comment(11) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月08日

心の病気って何?

今日はちょっと真面目な話。


「病理」と「正常」の違いってなんでしょう。

あ、ちなみに精神的なものの話です。
「病理」と「正常」は対義語じゃないし、むしろ「異常」と「正常」といった方がいいかも知れないけど。精神的な病理の事を「異常」っていう捉え方するのはなんか嫌なので、「病理」と「正常」と表してみた。
いわゆる精神疾患のことなんだけども。
どこまでが「心が健康」でどこからが「心の病気」なのかということ。

私はカウンセラーなわけで、カウンセラーというのは医療従事者ではないわけで。
つまり、人の心は扱うけれども、その状態を医師のように「診断」したりはしないんです。
「あなたは○○病です」とか「○○症の症状ですね」とかは言わないし言えない。

でも、臨床で活動していると病理を持った人を対象にカウンセリングを行なう事なんてザラです。
カウンセラーとしての関わり方として正しいのは、
その人の病理を対象とするのでなく、その人全体を対象として関わる
という事なんですが、これは所詮心構えでしかないのではと思う。やっぱり話の焦点は病理に当てられる事が多いので。
クライアントが自身の事を
病理を持った自分
として認識しているのに、カウンセラー側がそれを考慮に入れず話をしていくのは無理があると思うし。
なので、診断はしたりしないし、病理を治療するなんて関わり方はしないものの、やっぱり精神疾患についての知識は必要になってくるわけです。

そんなある意味グレーゾーンなポジションにいるとことさら感じることが、
「病理」と「正常」ってどこに明確な境界線があるんだろう?
ということ。
元々、精神疾患は明確な診断が難しいもので、精神病と神経症のどちらともつかない症状をボーダーラインと呼んだりするんだけど、
それ以前に、心が病気かそうでないか、は何をもって区別されるんでしょうね。

心の病気は目に見えないものがほとんどだし、その症状の確認は
「行動」として観測されるしか術がないものが主です。
だから行動療法という、その人の「異常な行動の除去」=「精神疾患の治療」という考え方の治療法が有効とされているわけですが。

更に、一つの判断基準として、アメリカで作られた、精神疾患の診断基準となるDSMというものがあり、日本でもそれを使って診断している医師の先生は多いのですが、そのDSMにはたくさんの症状と共に
「その症状が○ヶ月以上持続する」
「それによって本人が苦痛を感じている」
などの診断基準が設けられています。

つまり、本人がその症状を持つ事で苦痛を感じていないならそれは病理として診断されない、というものが多いんですね。(もちろん全ての精神疾患に適用されるわけではありませんが。)

これらのことから、心の病気は
行動に明らかな異常性がある場合や、本人が激しく苦痛を感じている場合
それらが確認された時に病気として診断されるという事。

でもそれって考えてみると疑問がたくさんある。
「異常な行動」って誰が決めるの?
日本では異常とされる行動でも、他の国では別段珍しくない行動だってあるだろうし。生活様式や習慣でずいぶん違いのある基準ですよね。
「本人が苦痛を感じる」だって同じで、
人によって苦痛を感じるレベルが違うし、ある人はヘッチャラでも、ある人にとっては凄く辛い事だってある。
そんなふり幅の広い診断基準で、「心の病気」かどうかが決められるっていうのが、なんだかあやふやな感じがします。

さて、ここまでダラダラと書いてるけど、オチがあるわけではないです。
ただ始めに言ったように、「病理」の基準がわからないとつくづく思うので、こうして書いてみました。

このブログを見てくれてる人って、会った時にコメントしてくれることが多いんですよ。
「こないだの記事さ、私はこう思うなー」
とかって。

なので、皆さんの意見が知りたくて書いてみました。
直接合った時でもいいし、コメントでもいいので
「心の病気」とはなんぞや?
について思うところがあったら是非教えてください。
posted by マハリカウンセラー at 00:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月13日

京都から

お盆休み真っ最中ですね。
皆さんはどのようにお過ごしでしょうか?

たるみは京都の実家に帰省中です。
少しゆっくりできるかな、と思っていたのですが、親戚が集まり慌ただしく過ごしています。
とはいっても、やはり実家。自分が生まれ育った家ですので落ち着きますね。
忙しい毎日に疲れていた心が癒されていくのを感じます。

そして、地元の友人とも数ヶ月ぶりに会い、他愛もない話をしていて気がついたら何時間も経っている。そんな出来事も、帰省ならではの楽しみの一つです。

明日は京都の街に出て、久しぶりにゆっくりと本屋巡りでもしようかと計画しています。

何の変哲もないただの日記のような更新ですが、たまにはこういうのもいいかな、と。
posted by マハリカウンセラー at 22:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月03日

これぞ駄文

8月に入りました。
なのにまだ名古屋は梅雨が明けないってどういうことだよガッデム!
と、ジメジメ天気で不快指数が高くて若干不機嫌なたるみです。

いやまぁ、不機嫌っていうのは冗談だけれども、こう毎日雨続きじゃカビも生えてしまいますね。
具体的にいうと洗濯物が。

まぁそれも冗談ですが。
でも休日に雨が重なって洗濯ができなくてたまってるのは事実。
明日は晴れてほしいなー。
貴重な休日なのに雨が降っていると、つい出掛けるのも億劫になって一日パソコンに向かってダラダラとする。そんな大変無駄で素敵な一日を過ごしがちになっています。

だからブログ更新しようと思っても書くことがなんにもないんですよね。
仕事関係の事は守秘義務があったりしてこの個人的なブログに書くわけにはいかないし。
しかも最近、学生さんたち(たるみが講師をやっているカウンセラー養成学校の学生さんです)の中にもちらほらとこのブログの存在に気付いた人が出てきたので、ますますうかつな事が言えやしない……。
でも見てくれるのは嬉しいから、気まぐれ更新頻度のブログだけど見捨てずに見てやってくださいね。

そういえば、最近ちょっとショックなことが二つほどありました。
まず一つ目は
二日ほど前に職場の人とカラオケに行ったんですよ。久しぶりのカラオケだったんで「よーし、思いっきり歌うぞー」
って胸躍らせて望んだんですが。
声が出ないんですね。ええ、声量、声域が共に格段に落ちている事に気付きました。
数年前なら楽勝で歌えていた曲が歌えなくなってる。
当たり前のように出ていた高音がでない。声がかすれるし喉が開かない。
うーん、喉って使ってないと衰えるんですね。
日ごろから講義でわりと大き目の声を出しているので、喉は衰えていないだろうと思っていたんですが、びっくりするぐらい声が出ませんでした。
明日から車で移動する時は車内で歌いながら走ろう。
ハミングとかなんてレベルじゃないくらい、車内で本気で歌おう。
そう誓ったある日の夜でした。

そしてもう一つ。
たるみのマンガ好きは、知る人ぞ知る常識。麻生太郎か僕かっていうくらい、いい年しても漫画をよく読みます。
そんな僕が、先日念願の名古屋にある某有名マンガ専門店にやっと行くことができました。
普段僕の仕事が終わる時間には、もうその店は閉店してしまっているのでなかなか機会に恵まれず、毎回シャッターが閉まったその店の前をしょんぼりと通り過ぎていたのですが、一週間ほど前に珍しく早く帰れたので行ってきました。
ところが、
なんかね、ぜんぜんわからないんですよ。
なにがって? 知らないマンガばっかりなんだもの。
いやぁ、ここ数ヶ月間忙しくてマンガを読む機会も買いに行く機会もなかったわけです。
すると、もうね、全然流行についていけなくなってる。
並んでる新刊みても、聞いた事ないタイトルばっかりだし。
集めてる作品の続刊を探しても、何巻まで持ってるのかもわからなくなってるし。
ちょっとした浦島太郎気分。
数ヶ月前までは本屋に行くと

「お!この作品、新刊出てるんだ。買わなきゃ」
「これ、最近話題みたいだなぁ、面白そうだから読んでみようかな」

こんな感じでワクワク宝探し!だったんですが
今では本屋にいっても

「へぇ、最近はこういうのが流行ってるんだ」
「同じようなのばっかりだなぁ」

なんて、まるでおっさんの感想。
ちょっと目を放した隙に、時代は僕を置いてはるか先に進んでしまったようです。
せつねぇなぁ……


はっ、ただの愚痴になってしまったいる事にここまで駄文を連ねて気付きました!
でも大丈夫!最期にいいこと言って締めればなんだかいい文章に見えるもの!
ええと…

よいこのみんな、テレビを見るときは部屋を明るくして離れて見てね。

ダメだ…こんな時間にまともな文章書くのは無理ですね。(現在の時刻は深夜3:05分)
次の更新は真面目にやります!
posted by マハリカウンセラー at 03:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月21日

エヴァって親子関係の物語って側面もあるよね?

暑くなってきましたねぇ。
どうやら今年も夏はくるようです。当たり前ですけど毎年変わらず季節は巡りますね。
夏が苦手な私にとってはちょっとうんざりもしますが、季節によって違う顔を見せてくれるという四季という特徴のある日本に住むからこそ感じられる特権であり、情緒でもあるわけですが。
などとポジティブシンキングをしてみたところでやっぱり暑いものは暑い。
そんな、エアコンに感謝する日々です。

さて、今日は久しぶりの人に会う機会がありました。
以前にマハリに所属していたカウンセラーのワークショップ(講演会のような、体験型の講座の事です)に参加していました。

講座の主題は「親子関係」だったのですが、いわゆる子育て講座的な内容ではなく、「親子」という関係性を通して自分自身を見直す、とでも言いましょうか。
自らの親子関係を通して自己洞察を目的とする、そんな内容でした。
参加者の方々も皆、何かを感じ、これからの自分探しのヒントのようなものを掴まれたのではないかと思える素晴らしい講座でした。
そして私自身も色々と再確認できた有意義な時間でした。

私たちにとって「親子関係」というのは、絶対に経験する関係性なんですよね。
「私はまだ子供いないから関係ないもん」
と思う方もいるかもしれませんが、誰だって親がいるからこの世界に存在するわけです。
親子関係を持たない人間なんて存在しません。

「自分と子供」の関係性はカウンセリングでもクライアントさんが主題とするテーマとなる事は多いのですが
「自分と親」の関係性をテーマとして挙げるクライアントさんは意外と少ないというのが私の臨床経験での感想です。
そして同時に、カウンセリングが進むにつれて、本来の主題から「自分と親」の関係性にテーマが移っていく事が多いのもまた経験からの感想です。

例えば、
「人付き合いが苦手」
「自分に自信がない」
「恋愛が上手くいかない」
そんなテーマを持ってカウンセリングに望まれたクライアントさんが、そのテーマを解決していく過程で、自分の親との関係性にその糸口を見つける。
カウンセリングではそんな展開が頻繁に見られます。
つまり、良い意味でも悪い意味でも
自分の親との関係性はその後の人生に大きく影響を与えるという事です。
そしてその影響は、下の世代にも脈々と続く可能性を大いに持ちます。

良い意味でも悪い意味でもね。

でも考えてみれば当たり前な事なんですよね。
人間がこの世界に生れ落ちて、まず初めに築く人間関係は親との関係なんですから。
生まれて初めて愛するのも、信頼するのも、頼るのも、期待するのも、望むのも、怒るのも、憎むのも、裏切られるのも、人間が感じるであろう全ての感情の、一番最初にそれらを感じるのは自分の親が対象になることがほとんどでしょう。
それがその後の人生での人間関係でのベースになっていくわけです。

親からたくさん愛されたと自覚している人は、人から愛される経験を獲得します。それは後に他者を愛する時のモデルとなるでしょう。
親をたくさん信頼して、その信頼に応えて貰ったと自覚している人は、後の人生でも人を信頼する事、そしてその信頼に応えることを経験として知っています。

人間は、経験を積み重ねて成長していきます。
経験とはその人の人生での選択肢の幅になっていきます。
そしてその経験のベースとなるものの多くは親子関係の中で獲得されるといわれています。

では、もしも
愛されたと感じたことがなかったら?
裏切られた覚えしかなかったら?


それほどまでに、私たちにとって親との関係というのは大事なものとなります。
それなのに、私たちは自分と親との関係性を、「昔の事で、もう過ぎた事」と無自覚に捉えがちです。
もしくは、「もう変えられない過去なのだから仕方ない」と諦観してしまいがちです。
そうではなく、
「今の自分にも関係している事」
「大人になった今だからこそできる事」
と考える事で、新たな選択肢が増えるのではないでしょうか。
今だからこそ、自分と親との関係を振り返り、そこで新たに気付けるものがあるかもしれません。
それは、自分自身を見つめなおす機会となり、ひいては成長するきっかけになると思います。

あれー?
なんだか堅苦しい難しい話になっちゃったような気がします。
まぁたまには、こんな問題定義もいいかな、と。


最期にちょっとお気楽な出来事を。
今日うなぎをご馳走になっちゃいました。
美味しかったー。













posted by マハリカウンセラー at 06:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

20世紀少年時代

あいも変わらず不定期にも程がある更新頻度でございます。
気がつけばもう7月。今年ももう折り返し地点にやってきました。
早いですねぇホント。

子供の頃って一日一日が凄く長かったように思います。
起きて、学校行って、退屈な授業受けて、昼休みは時間ギリギリまで遊んで、また退屈な授業を受けたら放課後。全力で遊んで日が落ちて家に帰り、ご飯食べてぽかぽかお風呂、あったかい布団で眠っていました。
毎日が慌しくも特別な日で、大人になるのなんてずっと先の話だと思っていました。

それがいつの間にか大人になって、日常をそれなりに送っていると、月日の経つのが早くなったように感じます。
就寝の時に、
「今日は何をしたかな?」
と思い返してみても、子供の頃ほど一日の出来事に厚みを感じられなくなった、そんな感じかな。

理屈で考えてみたら当たり前といえるのかもしれません。
子供の頃は毎日の中で初めての経験や印象深い出来事が多かった。だって絶対的に人生の経験値が少ないんだもの。
それが経験を積み重ねる事で、どんどん「人生での初体験」が消化されていく。
目新しい出来事なんてそう起こりはしなくなる。
結果、一日という単位の印象度が変わってくる。
大人の日々の中で、自分に与えられる情報量は子供時代よりも多くなっているだろうに、経験済みの情報が大部分だから新鮮さを感じなくなっている。
結局は主観の問題なんですかね。

あとは、単純に人生と一日の比率。
1歳の一日は1/365
10歳の一日は1/3650
そういう相対的な時間の感覚も関係あるのかも。

ちなみに上の理屈は学問的な裏づけを基にしているわけではないです。
ただのたるみ理論です(笑)
理論はどうあれ、年をとってから毎日が早く過ぎるのを感じませんか?

そんなことを感じつつも、もう今年も半分が過ぎました。
あと半分、どのような日々が待っているのでしょうか?
時の流れを早く感じようが、濃く過ごそうが、時間は向こうから容赦なくやってくるようです。
毎日を充実して過ごそうが、特に何もなく惰性で過ごそうがどうやら人生は止まってはくれないようです。

どう過ごしても同じ毎日なら、どうせなら楽しく過ごしたいですよね。
そこで、楽しく過ごすコツは子供時代にあるのではないかと思うのです。
毎日が充実して、密度が高かったように感じていた子供時代のように過ごしたいのなら、
人生に「新鮮」を取り入れてみるというのはどうでしょうか?

何か新しい事に挑戦する。
今までとは違う選択をしてみる。
ものの見方の視点を変えてみる。
そんな「未経験」を日常に取り入れることで、一日の出来事の印象が変わる。

確かに年を経るごとに経験値は増えていき、反比例して未経験は減っていきます。
しかしこの世の中、まだまだ経験していない事は数え切れないほどあるはずです。
それらに対して興味を持ってみること。
それがちょっとしたワクワクやときめきなどをもたらしてくれるのではないでしょうか。

「その為には何をしたらいいんだろう?」

そんなに難しく考える必要はなく、自分の興味が向いた事に積極的に触れてみる。
その一歩が新しい新鮮な体験へと繋がっていくのではないかと思います。

忙しい毎日の中で、視野が狭くなってしまいなかなか他へ目が向かないなら、ここらでこの半年を一度振り返ってみる時間をとってみるというのもいいのかもしれませんね。
その振り返りの中でも、見落としていた(気付けていなかった)新発見はあるかもしれませんし、整理する事で今までにない発想が沸いてくるかもしれません。

時間は否応なしに向こうからやってきますが、楽しい事はこちらから迎えに行かなければやってきてはくれないのかもしれません。

なんてことを考えていたら、
「楽しい事ないかなー」
とあれこれ考えている事自体が楽しい気持ちにさせてくれるものなんだと思いました。
これも新発見。
まだまだ知らないことってたくさんありますね。

posted by マハリカウンセラー at 23:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

無駄ってなんだろう

11歳天才少年「テレビゲームは人類にとってなんの助けにもならない。時間の無駄」

なんていうニュースを見ました。詳細が知りたければ↑をコピペして検索すれば記事が出てきます。

なんでもこの少年、11歳で大学を卒業したんだとか。
すごいねー。

でも、ゲームが無駄ってのはゲーム好きとしては聞き捨てならない。
むしろ、ゲームやマンガから人生を学んだ僕にとっては、俺の人生完全否定☆
ってなもんですよ。

ゲームで泣いたり笑ったり勇気をもらったりしたんだけどなぁ。
自分で参加できるファンタジーな世界っていうのは、ゲームなんかじゃないと体感できない経験だと思うんだけどなぁ。

それに、人生から無駄を全部省いたらそれって凄く窮屈な人生な気がするんだけどなぁ。
娯楽ってそのほとんどが人生にとっては有益なものじゃないと思うんだけど、だからこその余裕であり娯楽であり無責任であり「心の休憩」みたいなもんじゃないのかな。

まぁ、この少年の価値観を否定する気はないし、僕にゲームやめれって言うのでなければ彼がそう思っている事は受け入れますよ。
ただね、ちょっとかわいそうだなぁと思って。
人生にとって助けにならない=無駄 
ってのは自分にゆとりを持たなさせ過ぎなのではないかと。

天才の頭の中は僕と違って、ゲームよりも面白いものがたくさんあるって言うのならそれはうらやましい事だけど、そうなりたいかって言われたらむしろ嫌だなぁ。
だってゲーム楽しいし。
純粋に楽しめなくなるなら凡才でいいや。

ゲームに価値があるかどうか、ではなくて価値を感じてる人がいるってこと、そしてその人たちも人類なんだけどなぁ。

犬がボール追いかけてじゃれてるの見て、無駄なことやってるなぁ とは思わないしね。
むしろ面白そうだなー。僕もやってみようかなーって思う。
だって僕の大好きな犬が楽しんでるんだもの。
それはもう僕にとっても楽しい事なんですよね。

なんて、思うまま書き連ねたけど、結局は
この少年にもゲームの楽しさが伝わればいいのにな
ってこと。
そしたら僕に勉強の楽しさも教えてほしい(笑)
posted by マハリカウンセラー at 22:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月26日

日常を綴ってみる

このブログでも報告していますのでご存知の方もいらっしゃるでしょうが、たるみは今年の4月から名古屋に住んでいます。
今回住む事になるまで、名古屋の土地にはほとんど足を踏み入れた事がありませんでした。

なので、友達はいないし、何があるのかとかも全然わからない。
こういうのって結構辛いです。
何がって、休みの日とか出かけようと思っても、どこに行けばいいのやら。

買い物に行くにしても、お店の場所もわからない。
今はネットという便利なものがあるのである程度の情報は得られるものの、やはり実際に見てみないとねぇ。
「地図は現地ではない」
という言葉があるのですが、まさにその通り。

欲しい物がある時、
知ってる土地なら
「あそこ行けば売ってるかな。あ、そういえばあの辺りにも売ってそうな店があったな」
と動きやすいじゃないですか。
でも知らない土地では、ネットなどで情報を調べても
「うーん、ここなら売ってそうなんだけど。ここどこだ?どうやって行くんだ?」
場所を調べてみても
「結構遠いなぁ。うーん、これで行ってみて売ってなかったらショックだなぁ」
などと、ついつい足が重くなってしまう。

そんな時、便利なのが
通販
そう、通信販売。
ホント便利ですよね。
欲しい物をポチっとenterキー押すだけで自宅に届く。
便利すぎてついつい買い過ぎてしまいます。

ここ一ヶ月でフィギュアをもう何体買った事か……
ええそうですね。いわゆるヲタクさんですね。
私の家には、かっちょいいロボや仮面ライダーや萌えなフュギアが所狭しと並べてあります。
なんだろうこれ。
買ってどうするわけでもないのに、時々眺めるだけなのに、なぜか欲しくなっちゃう。
特に通販では、予約注文というのができるので、発売前に予約で買えるんですよ。
だから今は手元にないですが、6月頃から続々と我が家にフュギア達が届きます。
うーん楽しみ。
専用の台でも買おうかな。

フィギュアだけでなく、本、トレーニング器具、家電などを気がついたらenterキーを押してしまっています。

ちょっと控えなきゃなぁ。
と思うのですがこれがなかなか。
便利だってのも考えものですね。

でも通販はやめらんねぇー。
posted by マハリカウンセラー at 20:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

ホンモノってすげぇな

という事で、
「やっぱりホンモノってすげぇなぁ」
と思いました。

というのも先日、心理学の講演会に参加しまして。
その講演をされた先生が、世界的に有名な方で、もちろん私も生で見るのなんて初めて。
その先生の公演に参加できるなんてラッキーな事なんですよ。
そんなレベルの偉い先生。

しかし本音は…
その先生の創始した心理療法(療法ではないのかな?技術?理論体系?まぁそんなものです)のワークショップであり講演だったのですが。
正直私はその療法に対してあまり興味がない。
むしろあまり好きじゃないと言っていいくらいでした。
(もちろん理論体系としては、スゴイなぁとは思いますが、単純に私の好みでないというだけで、個人的なものです。)

しかし、
そう、しかしです
講演が始まり、その先生が語りだすと。

なんだこのカリスマは!?

と感じました。
パフォーマンス力というのか表現力というのか、言葉の一つ一つに引き込まれる。先生は外人さんなので通訳越しなんですが、それでも色褪せない程のパフォーマンス力でした。

やっぱり世界で認められる一流とされている人たちは、そうなるだけの理由があるんですねぇ。

今は私も講師という立場なので、人に対して「表現する」「伝える」という事の難しさに日々頭を悩ましています。

「あの先生のように、魅力のあるパフォーマンスができるようになりたいなぁ」
そんな事を感じました。

本当にあまり講演の内容には興味なかったんですが、、講演会以来その療法に興味を持って、今勉強しています。
カウンセリングで使えるレベルまで上達できればいいなぁ。







posted by マハリカウンセラー at 01:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

黄金週間ってたしか映画の配給会社が作り出した造語なんだよね

皆さんはどんなGWをお過ごしになりましたか?
どこかに旅行に行った人
家でのんびり過ごした人
GW?なにそれ?と仕事していた人

色んな過ごし方があったでしょう。
たるみは京都の実家に帰ってのんびり過ごしました。

しかも、初めての車での帰郷。
今まで住んでいたのは関東だったので、車で帰るのはちょっと遠いなーと思い、実家に帰る際は新幹線を利用していたのですが、
今は名古屋。
ちょっとしたドライブ感覚で行ける距離です。

高速は混むだろうと予測して一般道を利用したので約3時間程のドライブでした。

その時に思ったのですが、やっぱり運転って性格が出ますね。
あと、性格形成にも関係するのかなと思うのですが、(環境因子ってやつですね)
地域性もあるなぁとつくづく感じました。

都道府県が変わるたびに周りを走るドライバーの雰囲気が変わるんですよね。
速度規制を守って安全運転な地域
スピード超過なんて当たり前!の地域
荒い運転が目立つ地域
(どの地域がどれだとは言いませんが……)

時期的にGWなので、地域性が薄れているだろうに、それでもやはりその土地にはその土地の「色」があるのだなぁと。
そんな変化も楽しみながら楽しく運転できました。

その、「地域性」「土地の色」で少し思った事が。
今の時期は新生活の時期です。
住処や働く場所が変わり、その環境の変化に慣れず戸惑っている人も多いのではないでしょうか?

確かに、今までと違う環境というのはどこか心細い気分になりますよね。

名古屋に転勤になり1ヶ月ほどしか経っていない私自身も、まだ慣れたとは言えず戸惑うことも多々あります。

しかし、どんな土地にでも悪い所もあれば良い所もあるのだなぁとも思えるようになってきました。
「住めば都」とはよく言ったもので、その土地に住み、その土地のことをよく知っていけばいろいろな面が見えてきます。

その時に、自分の価値観に照らし合わせて
「これは良い、これは受け入れられない」
と判断・評価をするのでなく、とりあえず全ての面を受け入れてみる事にしています。
今までの価値観にはなかった考え方でも、意外と受け入れてみると良いものかもしれませんしね。
食わず嫌いはもったいないし。

新しい刺激(環境)を、自分の価値観にはめ込むのではなく、自分が新しいものに飛び込んでみるってのは勇気がいることですが、意外と嬉しい発見ができたりするもののようです。
どんな事にも柔軟性を持って取り組むっていうことかもしれませんね。

決まった形や常識なんてものは、「自分的に」でしかないものです。
自分の経験にない事柄を自分の価値観で判断しようなんて、それは最早妄想でしかないわけですしね。
自分に合う合わないを判断する前にまずは経験してみる事が大事だと思います。

もし今、新しい環境に慣れずに苦労しているなら、そんな考え方をしてみては如何でしょうか?

いいとこ探ししましょうよ。

さぁーて、そろそろGWボケも抜け出さなきゃなー。

posted by マハリカウンセラー at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする